興奮しすぎて・・・

 こんばんは。 後藤です。


 どうしたのでしょう? 妙〜なテンションです。

 先日の勉強会の余韻、またその後頂いた大変貴重なメールを読んでいた事もあり

 今日、うちのリハスタッフに、かなり熱く意見を言ってしまいました・・・

 (決して怒ったとかじゃないですよ!)


 どちらかと言うと、僕はおとなしく

 むしろ意見をあまり主張しないから良くないぞ!

 とまで言われるほどなのに・・・。




 今日は、1年目のPT(イケメン)の症例報告がありました。

 認知症がかなり進行している方で、


 「家族の意見は歩けるようになって帰って来て欲しい」

 「セラピスト側からは歩かせたくない」


 というのが、ディスカッションのthemeでした。


 セラピスト側から、「歩かせたくない」というのは

 少し語弊があるかも知れませんが、

 なんとなく、想像できますよね?


 まず、ベッドではなく布団で寝ていて、

 昼間も夜も関係なく、居座りながら部屋から出てしまう。

 軽度な麻痺で、左目が見えません。


 そう言いたくなる理由も分からなくもない・・・ という。



 で、1番迷っている点は


 「セラピスト側からの意見を、家族があまり聞いてくれない・・・」


 という。  


 ・・・どうですか?


 このブログを読んでいる皆様にとっては、

 言いたい事がある!となるような話ではないですか?


 文章が分かりにくい! と思った方、すみません。



 で、杖を持たして歩かせたくないという考察まで行き着いた過程、

 認知症に対しての考え方を聞いていたら、


 浅い。 ・・・と、思ってしまいました。

 
 なんとなく、こういうもんでしょう?

 という、なんとも安易すぎる考察。 


 でも、本当に迷っていてたのが伝わるような発表で、

 なんとか力になりたい!と思い、少し意見を言ってみました。


 たいした意見では無いですけどね・・・


 でも、多くの方から教えて頂いた事、

 また、考え方についてアドバイス出来たと思います。



 なにか、とても偉そうに思われるかもしれませんが

 問題点の抽出というのは、見る事ができて初めて可能になるものだと思います。

 で、見る事が出来る・・・ というのは、それこそ文献であったり、考え方であったり。

 怠ってはいけない部分であると思います。



 また、問題点の抽出に至るまでの過程は、

 「一筋縄ではいかないもの」ではないのでしょうか?


 いくつかの仮説を立て、それを棄却していく過程こそが大事だと、

 僕も教わりましたし、重要だと思っています。


 確かに、指示が通らないだとかを理由に

 考察が止まってしまう気持ちも分からなくもないですが・・・。



 僕にも、こういった事はきっと無意識にあるかもしれません。

 また、僕は僕で、自分のいけない事として、


 「僕がなんとかしなきゃ!」


 と、必要以上に意識する事があります。



 僕の尊敬する方で、


 「自分自身のスキルアップはもちろんだが、環境設定も重要だ」


 と、教えて下さった方がいます。(ニュアンス変えてすみません…)

 
 餅は餅屋、じゃないですが

 相談する大切さ、少し忘れがちになるから気をつけねば!

 と思いました。



 結局のところ、1年目のPTと、自分自身の事を考え直してみたら


「本当に、本当〜にそれが患者さんにとって一番良い事なのか?」


 と言う事を、もっと深く考えて行く必要があるのだな〜と思いました。



     簡単に事を決めつける。

     分からない事を分かっているつもりで接する。


 
 良くないな・・・ 気をつけねば!! 僕。

 

 こういった事を、再確認できる。

 そんな環境に入れる事は、皆さんあっての事だと思っています。


 ただただ、感謝する思いでいっぱいです。


 これからも、宜しくお願いいたします!!